ジャヤワルダナ氏の気持ちが響いたのか、多くの国は賠償を放棄し、分割統治案も無くなり、日本は主権を回復しました。その後、セイロンは1955年に国連に加盟し国際社会の一員として認められ、日本も1956年に国連に加盟して国際社会への復帰を果たしました。
1972年にはセイロンからスリランカへと国名が変わり、ジャヤワルダナ氏も1978年に第2代大統領に就任しました。スリランカの首都は1984年に旧首都コロンボの一角を「スリ・ジャヤワルダナプラ・コッテ」と命名して遷都しました。「ジャヤワルダナ」とは「勝利をもたらす」という意味もあるといい、ジャヤワルダナ氏自身の名前も絡めて名付けられたといわれています。